私の娘もこの度、小学校を卒業します。本人は、部活動や制服も新
娘は2年生からバレーボールを始めました。運動神経がいいとはと
バレーはチームプレーです。親としては、もっと練習しないと勝て
ただ、結局やるのは本人。もっと子どもを信じてみようと、ぐっと
中学校でもバレーを続けたいと言っているので、また応援していこ
私も、小・中・高とスポーツをしていました。自分も中学からバレ
ちなみに、小学校は陸上・剣道をしていました。どれもきついです
娘にも、大人になってからバレーをしていて良かったと思えるよう
うめがえ内科クリニックで務めさせて頂き、早15年になろうとしています。
この度、定年(60歳)という区切りを迎え、開院当初からの様々なことが思い出され
アッという間のようで、まさに『烏兎怱怱』の一言です。
記念として、素敵な花束やシャンパンのプレゼントを頂きました。
2週間以上たちますが、まだ咲いている花もありますし、
シャンパンは、休みが取れて帰省した息子と主人が楽しく飲んでいました。
感謝の念に堪えません。
そして、有給を頂けたので、還暦にあたり出雲大社にて厄払いをした後で県内の温泉に行ってきました。
その温泉で驚くような経験をしたのでお話します。
夕ご飯を食べお腹もいっぱい、温泉も入って眠りについた翌朝の5時。
『火事です火事です
落ち着いて避難してください』との館内放送に衝撃
私は浴衣派でなくマイパジャマ派なので、そのまますぐに部屋から脱出
他の宿泊者も必死の様子。しかしその後『機器の誤作動』との放送に
安心と「えぇ~!」という気持ちが
現実でなく本当に良かったです。日ごろの危機管理の大事さを改めて感じました。
今後の人生も烏兎怱怱なのでしょうが、何が起こるのかわかりませんし、
1日1日を大事にしていかなければとの思いを抱いためったにない出来事でした。
看護師 T










」
2025年は昭和元年から丁度百年、昭和100年と呼ばれます。
この百年の間に、様々なものが変化してきました。
ハード面で言えば、一番は電気の普及でしょう。
百年前は、各家庭にようやく電灯がつくくらいの環境でしたが、昭和30年以降は「白物家電」(冷蔵庫、洗濯機、エアコン等々)が広がり、その後テレビも普及します。昭和60年以降は「デジタル家電」(パソコン、携帯電話、インターネット)へと移行しました。
これらによって、暮らしが様変わりしました。
夜明けと日の暮れに合わせて家族一緒に暮らしていた日常が、夜も活動できるようになったために労働時間が増え、深夜までテレビを見て起きている人も増えました。
また、長年女性の役割であった、洗濯や炊事などの効率が劇的に上がり、女性の社会進出も促しました。
そして、その暮らしの変化によって、人々の意識、考え方、などが大きく変わっていくことになります。
「男が外で働き、女は家を守る」のような考えが本当に当たり前だった時代から、「平等」「人権」「権利」「個性」等が問われるようになりました。
昨年、ヒットしたドラマ「不適切にもほどがある」では、1986年(昭和61年)と2024年(令和6年)の暮らしや意識の違いをうまく取り上げていました。時代の変遷によって、その時々の「当たり前」も、現代では「不適切」極まりない。
昭和生まれの私の子どもの頃は、先生に刃向かうと平手打ちされたし、お風呂は家長(死語)が一番風呂と決まっていて、全部、仕方ないことと思っていました。
逆に今は、「男のくせに女々しいことを」とか「結婚はしないの?」とか言おうものなら「○○ハラスメント」となってしまうから、言葉のチョイスにとても気を遣います。
昭和生まれの私はどちらの時代の事情も分かり、いろいろ考えさせられました。
事象だけで「不適切」のレッテルを貼るのではなく、時代背景、意識の変化など含めて、今、自分がどう生きたら良いのかしっかり考えなさいと、言われている気がしました。どちらにしても、相手を苦しめることは不適切ですね。
さて、次の百年はどう変わっていくのやら。
「令和100年」に生きている人が笑顔であって欲しいと切に願います
※ちなみに、上のイラストは、このブログの内容を元にAIが作成したオリジナル画像です。すごい世の中ですね
事務 UME