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2026年5月23日|カテゴリー「おもしろいこと」
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みなさんはどんなゴールデンウィークを過ごされましたか?

私は一家集合して最高の晴天下で田植えをしました。


今年はついに、子ども達も田んぼデビュー!ということで、小さな農家の誕生です。

田んぼへ恐る恐る足を伸ばす慎重派の息子に対し、何の躊躇いもなく「いぇーい!楽しー!」といつの間にか飛び込んでいる娘(笑)

性格がよく分かりますね。。。


ジジ、ババに教えてもらいながら楽しそうに、自分の手で一生懸命苗を植え付けていました。

(田んぼの感触を楽しみすぎた娘さんが、植えた苗を次々踏み倒していたのは秘密です。笑)


田んぼのそばには、私の祖父母のお墓があるのですが、今年の田植えは賑やかだなぁ〜と喜んでくれたことでしょう。

私も小さい頃、家族みんなで田植えをして弟と一緒に田んぼを走り回って遊んだなぁと、笑顔いっぱい、泥だらけの子ども達を見て嬉しく、懐かしい気持ちになりました。

当日は本当に気持ちの良い綺麗な空で、今年はひ孫が頑張ったよ、と昔の思い出を振り返りながら、心でそっと祖父母と会話した私なのでした。


田植えの終わった田んぼを見渡すと、可愛い小さな足あとがあちらこちら、、、と、時々お尻のあとも(笑)


秋には稲刈りがあるので、そのとき小さな農家はどんな活躍を見せてくれるでしょうか?楽しみです。


看護師O


2026年5月16日|カテゴリー「事務」
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 だんだんと気温が上り、夏が近づいてきましたね。我が家では、夏に向けて小玉すいかを育てることにしました娘と近所のホームセンターに自転車で苗を買いに行き、さっそく植えました。植えてからは、ちょうど雨の日が続き、水やりの必要がなく、すいかを植えたことなど忘れそうになりましたが、GW後半から晴れの日が続き、娘も頑張って水やりをしています。上手にできるかはわかりませんが、食べれるように頑張って育ててみます!コツなどありましたら、ご教授ください。事務AO
2026年5月9日|カテゴリー「クリニック行事」
5 月7日当院は開院16周年を迎えました。
毎年開院日が訪れる度に過去を振り返り、色々なことを思い出します。
電子カルテも不慣れ、受付も不慣れ、日々勉強でした。
大変な事も沢山ありましたが、いつも思うことは、何かあっても最後にはみんな笑っていられること、
そんなクリニックが私の励みとなっています。

患者様にも、来院しやすい病院、落ち着く場所と思ってもらえるよう、これからも患者様の笑顔のために努力してまいります。

今回はクリニックのお勧めの場所を紹介します。
ここは待ち合い室の一角で、一番くつろげる場となっております。
白い椅子は座り心地もよく、前面には花や緑もあり、そして横にはたくさんの本があり、読書好きの方には最高な空間となっております。
来院された際には、ぜひ座ってみてください。
事務0ちゃん
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2026年5月2日|カテゴリー「思い出」
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私事ではありますが、今から40年前のこと。

私は大阪のとある産婦人科で看護師見習いとして働きながら、看護学校に通っていました。

 

島根から突然、都会へ出てきた私。

慣れない環境に戸惑いながらも、クリニックの温かな雰囲気に支えられ、少しずつその生活に馴染んでいきました。

 

それでも島根へのホームシックで、当時の電話ボックスから100円玉を何枚も握りしめながら

実家へ電話をかけていたことを今でもはっきりと覚えています。 


先日、そんな日々を思い出しながら、当時お世話になったクリニックと、

一緒に働いていたご近所の方のお宅を訪ねてみました。

 

うろ覚えではありましたが、記憶を頼りに歩いた道のりは合っており、無事に辿り着きました。

 

クリニックは既に閉院し、お世話になった方とは残念ながらお会いすることは叶いませんでしたが、

不思議と景色は鮮明に覚えていて、自分でも少し驚きつつもどこか誇らしい気持ちになりました。

 

あの頃の私は、まだ未熟で、不安も多く抱えていました。

けれど、その日々の中で学んだことがあります。

 

物を大切にすること。
そして、正直に向き合うこと。


思い通りにいかないことがあったとしても、
自分が選んだ道であるなら、後悔はやめよう。

 

そんな想いを改めて胸に刻むことができた、今回の旅でした。


過去は遠く離れていくものではなく、
今の自分をそっと支えてくれる、大切な一部なのだと感じています。

 

あの日々にそっと背中を押されながら、これからも自分らしく歩いていけたらと思います。



看護師Tbud


2026年4月25日|カテゴリー「思い出」
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バイオリンとの出会いは・・・。

定年間近となり、何か趣味を見つけようと思っていました。 若い頃、フォークソングが流行っていて(年代がわかりますね) 自己流でギターを少しかじったこともあり、また、手を動かす事が脳の活性化にも繋がると思い、弦楽器に挑戦してみようかと思っていた矢先 合奏団へのお誘いを頂き、バイオリンを始めることになりました。 バイオリンはギターとは全く違っていて、弓の持ち方や手の動ごかしかたによって、綺麗な音色が出せるかどうか・・・。 不器用さをつくづく感じました。 私達の合奏団は、ほとんどの人が初心者で、ボランティアで教えてくださった先生は大変だったと思います。今更ながら感謝しています。 今はその合奏団も解散となりバイオリンは押し入れの中に! 先日、久しぶりに出して弾いてみましたが、手も動かず、音も雑音気味、近所迷惑だったろうなぁ…。 キラキラ星、少し思い出せました。 昔取った杵柄とは行きませんでしたが、昔の楽しかった思い出でが蘇ってきました。 これからも、時々、押し入れから出して、弾いてみようと思います。

看護師:M


2026年4月18日|カテゴリー「事務」
先日、私と夫は仕事で、子供達3人で留守番をしている時、
末っ子(7才)に熱があると、連絡が入りました。
18時過ぎのことだったと思います。

仕事を途中で引き継ぎさせてもらい、急いで帰ると…

『元気は元気だったから、風呂入れといた!』(by次女10才)

と、次女の世話によってすでに末っ子はお風呂を済ませており、長女(14才)が髪を乾かし、布団を敷いて横になっていた状態。
布団のそばには、お茶を入れた水筒と、体温計、万が一の嘔吐に備えて、ゴミ箱に新聞紙が敷かれたものが用意されていました。

…ええ。完璧な看護です。

なんなら長女が冷凍餃子を焼いていて、晩御飯もできあがるところでした。

私がすることは特になく…

『えっと……体調は…どう?(´∀`;)』

と、声をかけるのみ。

『アイス…食べる…?(;´∀`)』

と、聞いてみたりなんかして…。


『別に急いで帰ってこなくてよかったのに。』
とか言われながら、子供達が準備してくれた餃子をモグモグ食べる私でした。


さて、これは――
親が頼りないと子がしっかりするのか。
それとも、子がしっかりしていると親が抜けていくのか…。
真相は分かりません。
ですが確実に、母の立場は危うくなってきています。

ドタバタと過ぎていく毎日。
日々、感謝とちょっぴりの申し訳なさを抱えながら、
今日も子供達に支えられて、どうにかこうにか生きています


事務 T
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2026年4月11日|カテゴリー「イベント」
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4月になり新年度を迎え、1ヶ月前は中学校の卒業式だったことが随分前のように感じられます。

普段は学校のことを聞いても「別に…」という感じの長男が、卒業式では友達と2年間お世話になった担任の先生に手紙を書いていたり、一緒に写真を撮ったり、部活でお世話になった顧問の先生や仲間と一緒にいる姿を見ると、良き指導者や仲間に恵まれた学校生活を送っていたんだなぁと、安心し嬉しく感じました。そしてたくさんの愛情を注いでもらっていたんだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

卒業式の翌日は部活の卒部式があったのですが、そこで顧問の先生から卒業生一人一人に言葉を送っていただきました。
長男は「どんな場面でも動じない姿が安心だった」ということで、『泰然』という言葉でした。
自己主張もせず、何を考えていいるかわからない長男ですが、3年間で技術的にも精神的にも成長したと思っていたので、素敵な言葉を送ってもらったなぁと思いました。これを強みにして、さらに成長していって欲しいと思います。

高校の入学式も終わり、いよいよ新しい学校生活がスタートしました。3年後長男にとってまた良い景色が見れるよう、充実した3年間を過ごしてもらえたらと思います。

看護師 R

画像は撮影した写真を生成AIで作成したものです
2026年4月4日|カテゴリー「おもしろいこと」
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4月3日は愛する弟の誕生日だった。だが、実は弟は3月27日に誕生しているのを、戸籍には4月生まれで届けられたのである。
生まれた頃の弟の写真の横に「3月29日 生後2日目」と、ミステイクにも母の字で書かれていたのに、ほぼ成人近くになるまで気づきもしなかったとは、何と鈍い姉弟であったことか。

それを知った弟は「一年早く社会に出られたのに・・・」と悔しがった。
私なんぞは、できるだけ学生のまま、そして箱入りのまま過ごしたいと願っていたのでその発言に驚いた。
それに幼少期の一年の差は大きい。小学校に上がる際、一年未熟な脳で他と肩を並べるなんて酷だ。年度の境に生まれた出生の秘密を、弟は当時流行ったテレビシリーズのタイトルのごとく「赤い衝撃」と呼んでいた。

そもそも4月から新年度になるのは日本だけらしく、明治政府が会計の〆を3月末としたことが始まりで、他の組織や教育現場等に及んだらしい。それがなかったら、弟の「赤い衝撃」は生まれなかった。

今でも社会とのつながりを億劫とする私は、今までクリニックのブログを書くのを避けてきていたが、そういうわけにもいかなくなり、この4月から新入生となった。この度はそのご挨拶と言うことで・・・。
「未熟者ですがよろしくお願いします。」

 看護師N

額絵はクリニック玄関に架けてある桜の絵
2026年3月28日|カテゴリー「事務」
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画像はhttps://ohda-hs.ed.jp/school/504より引用

最近、私の身近なところで、小学校が閉校になるという、なんとも寂しいニュースがありました。その式典に行かれた方の話では、

校歌の前奏が流れた瞬間涙があふれたそうです。今までの思い出が一気によみがえったのでしょう.

 

校歌や歌は、思い出を一気に呼び戻す力がありますよね。

 

自分の「校歌の記憶」をたどってみると、ちょっと不思議なことに気づきました

高校の校歌はちゃんと覚えているのに、小学校や中学校の校歌はほとんど思い出せないのです。

 

ところがなぜか…

幼稚園の歌だけは、今でも少し口ずさめるんです!

 

なぜ覚えているのか?

きっと毎日歌っていたこと。

歌いながら体を動かしていたこと。

そして、耳に残りやすいメロディだった事ではないかと。

……とはいえ、その幼稚園に通っていたのは、わずか10ヶ月。

しかも卒園すらしていません。

 

だから、今歌えている歌が本当に「校歌」なのか、ちょっと自信がないです。

 

確認するために幼稚園へ電話する・・・という手もありますが、

さすがにそれは、不審者すぎるので

 

でも、歌詞の中にしっかり幼稚園の名前が出てくるので、

たぶん、きっと、間違ってはいないはずです。

 

小中学校は、歌う機会もそれほど多くなかったのかもしれません。

思い出との結びつきも、そこまで強くなかったのでしょう。

その結果、気づけば「さっぱり覚えていない」という状態に

 

高校の校歌はなぜ覚えているのかというと、

有名な作詞家と作曲家が手がけた印象的なメロディに加え、学校生活の思い出がぎゅっと詰まっているからだと思います。

 

当時は、一度でいいからこの素晴らしい校歌を、甲子園で一勝して、みんなに聞いてもらえたらいいなと思っていました。

それくらい、自慢の校歌です

 

みなさんも、ふと自分の校歌を思い出してみてください。

「なぜ覚えているのか」「なぜ忘れたのか」を考えると、意外と面白い発見があるかもしれませんね。

 

Hiro



2026年3月21日|カテゴリー「お雛様」
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朝晩はまだまだ冷え込みますが日中は暖かくなり春を感じられるようになってきました。
あちこちで、きれいなお花も咲き始め、桜の開花も待ち遠しくなってきました
写真は当院の待合室に飾られている、お雛様と手作りの手毬です。手毬は患者さまからお借りしているもので、全て手作りだそうです。よくよく見て下さい。細い糸を何重にも巻いた上に刺繍されています。世界にたった1つだけの手毬です。3月いっぱいはクリニックの待合いに飾らせて頂いていますので、ぜひご覧下さい。
これから、段々と暖かくなりますが、体調を崩しやすい時期になります。皆さん、お身体にお気をつけてお過ごし下さい。
看護師 H.Y
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