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昨年の12月に中国湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」として最初の症例が確認されて以降、新型コロナウイルス感染症は、専門家の予想に反して中国全土から日本を含め全世界へと爆発的に広がってきています。テレビニュースでは、毎日、繰り返し最新情報が報道されていますが、あたかも戦時中のような(私は経験していませんが)緊張感が日常に漂っています。
新型コロナ、武漢、春節、クルーズ船、屋形船、マスク不足、トイレットペーパー、札幌雪まつり、北海道、クラスター、ライブスタジオ、スポーツジム、イタリア、パンデミック、オーバーシュート、ロックダウン、不要不急、三つの密、非常事態宣言、首都封鎖、味覚嗅覚異常・・・。
どれをとっても、今年、2020年のまさに流行語大賞になりそうです。
さて、この厄介な感染症(疫病)が、少なくとも日本ではいつ終息するのか、感染症の専門家でも予想は難しいことですが、理論的(科学的)には、3つのパターンが考えられます。
①日本人の60~70%程度が感染し、集団免疫を獲得する。
②ワクチンが作製され、未感染者に接種し感染予防ができる。
③新型コロナウイルスに対する特効薬ができ、重症化を防ぐことができる。
①が最も確実に終息する状態ですが、感染者数が急速に増えすぎるとイタリアのように医療崩壊をして、高齢者を中心に多くの死亡者を出してしまいます。
②、③は安全性を考えると実際の患者さんに使用するためには臨床試験が必要であり、常識的には1年以上はかかると考えられます。結論を言うと、この感染症も必ずいつかは終息しますが、長期戦になることは避けられそうもないのです。ですから、これから先も高齢者や病気をすでに持っているウイルス弱者からの死者を減らし、必要な医療体制を守るために、咳エチケット(マスク)と手指衛生、こまめな掃除と換気をして人混みをできるだけ避ける、という誰にでもできる感染予防法を、個人個人がまじめに継続していくことが大切なのです。
ところで、島根県で感染者が報告される日はいつでしょう、予測はできませんが、これも残念ながら、理論的考えると時間の問題で避けることはできません。慌てることなく、その日を迎えましょう。
※写真は、新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真。球状の粒子の表面にとげのようなスパイクたんぱく質がある(日本の国立感染症研究所提供)

皆さんも待ち時間の合間にゆっくり、ご覧
。
。
。いつもなら、このシーズン一番、
。お彼岸も近いし花屋さんに行
。
私の実家はど田舎なので、今までたぬき、きつね、猪、猿などを見
ある日、家でカーテン越しに猫が歩いているなぁと見ていた
怖くて、どこへ行ったか見ていませんが、畑をお持ちの方はお気を
見慣れてない動物がいるのはとっても不気味です。



踏んでも何も出てこないし

でもこの情報が流れたら、拾いに来る人が
してしまいました。
春に近づくにつれて気持ちを新たに


だけでした。

・・・?なんて冗談はさておいて

我が家には、小さな家庭菜園があります。毎年、春菊を蒔くのです
先日、ちょっとした鍋を作ったのですが、そのとき主人が「春菊が
私は、春菊??
「それは花(ノースポール)が畑に生えたものだと思うよ」と伝え
お互い、"春菊!" "花!"と思っているので、らちがあかず、春菊の花を調べてみる
とうとう葉っぱを採ってくることに…
試しに茹でて食べてみましたが、春菊ではない…と、お互い納得し
春菊を蒔いた所に花が咲くわけはないと思う主人、春菊の花を知ら
お守りやお札を納めに行った時に、2日〜3日にかけて節分祭が夜通し行
厄除火焚神事とは、古くなったお札やお守りをお祓いし、2人の射
2月2日の23時からはじまり、火矢を放つ時の緊張感と燃
近くで見ていたおじさんが、よ〜く見ときなさいよ、すごい事だか
境内中央から上がった大きな大きな炎で焚き上げる光景を見ながら
そのあと色々な種類の福豆を買って帰りましたが、節分の日の昼に
テレビを当ててくると意気込んで出かけましたが、たくさんの福豆
まぁ、邪気をを払えたのなら良き良き

今年も、皆さんにたくさんの福が来ますように…

山陰中央新報を読んでいると、読者ふれあいページの目次知浄さんの「手のひらを合わせて」という記事のこころ温まるイラストに目がとまりました
読んでみると「合掌」についてでした。
手のひらを合わせて礼拝することを合掌といいます。合掌はもともとインドに伝わる礼法で、食事をするとき、お寺に行ったとき、お墓参りに行ったとき、念仏を称えるとき、仏様にお礼言うときなど、それぞれに意味があります。
そして、その中の「食事のときの合掌のおはなし」について書かれていました
『私たちは日々いろいろなものを食べて生きています。牛さん、豚さん、鶏さん、魚さんの命をいただいて、私の命となっているのです。野菜だって、果物だって、種が育って花が咲き、実をつけるように、命が育ったものです。そう思いますと、私の体はすべての命の集合体なのです
食事は、数え切れない多くの命をいただいて、そして、数え切れない多くの人のおかげをいただいて、私の口に届いています。食事の時に手を合わせるのは、おかげさま、ありがとうございますの合掌なのです。』
と続いていました。
毎日頂いている食事、あたりまえのように日々過ごしていましたが、「生かされているいのち」であることに、感謝の気持ちをもち、いただいた命が無駄にならないように、一生懸命生きていきたいなと改めて感じました。
皆さんも時々このことを頭に浮かべて「手のひらを合わせて」みて下さい。 看護師 H.Y
[引用:山陰中央新報 読者ふれあいページ 松江市古曽志町・浄土真宗本願派布教使 目次 知浄]








うちでもパパがみんなにお返しを買ってくれました。

















