世界中のファンを沸き立たせたサッカーW杯も決勝を残すのみとなった。大田の人口より多い大衆が馬鹿でかいスタジアムで躍動し、とんでもないエネルギーを発していた。
スポーツや芸能のイベントの際「元気をもらった」とか「元気を届けたい」と聞くが、沸き立っていたものは「元気」なのだろうか。
有名格闘家が「元気があれば何でもできる」と言っていたのを思い出す。
「元気」=人の精気(精神と気力)、活動のもととなる力。
かつて我が家では、全く別の「元気」が存在した。
癌を患い自宅で疼痛と闘っていた父に、「痛い、痛い」と聞くと家の中が暗くなる、と母が言い出した。
そこで家族会議を開き、「痛い」を別の言葉に置き換えることになった。
痛いのは生きている証拠だから「生きてる、生きてる」にしようと提案すると、言いにくいとの理由で「元気、元気」になった。
鎮痛剤を管理している私に父が痛みの程度を報告、つまり「元気、元気」と言ってくる。やがてそれは擬人化し「元気さんが来ましたよ」「今日は元気さんは、玄関を覗いて帰っていっちゃった」などとなった。
母の思惑通り暗さはなくなったが、柔らかい言い方なので、果たして父の苦しさは正確に伝わっていたのだろうか。
「元気」といいながら、「気力」で父は病と闘い世を去った。
私たちは日々様々に闘っている。病、老い、人、生活、仕事、自然等々。闘う精神は持ち合わせているはず。
今日も力で立ち向かおう。
「1,2,3,ダーッ!」
看護師 N























